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日本経済の勝算

4月5日の東洋経済オンラインに寄せられていた、西美術工藝社社長デービッド・アトキンソン氏による、「危機感をもって『本質』を徹底的に追求せよ」と題する論考を追っていきます。

 人口の激減を目前に、日本経済ばかりでなくこれから先の令和の時代を生きる私たちの生活の豊かさに懸念が広がっています。それにもかかわらず、我が日本で行われている極めてのんきな議論は日本社会のありとあらゆる場面で見ることができるというのが、この論考におけるアトキンソン氏の認識です。

 氏は、果たして現在の日本で行われている議論のどのような部分が「のん気」だとしているのか。例えば、それは「競争力」の議論。「最低賃金を引き上げると日本の国際競争力が低下する」という意見などに見られるということです。

 日本の対GDP比輸出比率ランキングは世界133位。日本は既に内需で成長する輸出小国なので、限られた分野以外では別に国際的に激しい競争をしている状況にはないと氏は言います。

 また、他の先進国の最低賃金はすでに日本の1.5倍くらいなので、同程度に引き上げることで国際競争力で負けるような状況にはないということです。さらに、多くの労働者が最低賃金で働いている業種は宿泊や流通などサービス業なので輸出とは直接関係がない。つまり(印象だけで話をしているので)いかにも議論が軽いというのが氏の主張するところです。

 「教育」についても同じことが言えると氏はしています。教育の対象を子どもから社会人に大胆に変更しなくてはいけないのに、日本の大学はいまだに毎年数が少なくなる子どもの奪い合いに熱中している。「教育の無償化」しても、教育のコストを無償にすれば少子化は止められると考えてのことでしょうが、これは小手先の対症療法的な政策にすぎないというのが氏の認識です。

 教育のコストが高いのが問題だから無償化するということですが、そもそもなぜ教育のコストを高いと感じる人が多いのか。その原因を考えれば、「収入が足りていない」という根本的な原因を導き出すのは容易だと氏は言います。

 教育の無償化と国民の収入アップ、どちらを先に進めるべきかと言えば答えは収入アップに決まっている。要するに、少子化問題の本質は教育費にあるのか、それとも親の収入が足りないのかをきちんと見極める必要があるということです。

 アトキンソン氏の指摘は「輸出」の議論にも及びます。氏は、JETROの輸出促進とクールジャパンについても問題の本質が分析できていないと説明しています。

 氏の分析では、日本が輸出小国である最大の理由は、規模が小さい企業が多すぎてたとえすばらしい商品があったとしても輸出するためのノウハウや人材が欠けている会社が大半だからだということです。

 そこで(恐らく)JETROが設立されたのでしょうが、思惑通りには輸出は増えなかった。氏はその理由を、JETROの応援なしに持続的に輸出ができる規模の企業があまりにも少ないからだと見ています。

 日本の産業構造が輸出できる体制になっていない以上、いくら補助金を出して輸出できない企業が一時的に輸出できる形を作っても、継続的に輸出が増えるはずはないということです。

 さらに「生産性」の議論です。経産省は「日本企業は、お金さえあれば最先端技術を導入したいと思っている」という前提に立っているようですが、これは事実と反すると氏は言います。そもそも日本企業は規模が小さいので、仮に最先端技術を導入したとしても、十分に活用できるとは思えない。

 同様に、厚労省は「最低賃金の引き上げの影響を受ける企業は当然、生産性を向上したがる」と思っているようですが、この仮説も根本的に間違っているというのが氏の見解です。

 最低賃金で働いている人の割合が高い企業は、そもそもまともな経営がされていないか、または根本的に存続意義がないに等しい会社が多いので、自ら生産性を向上させようなどという殊勝な考えなど持ち合わせていないことが多い。

 もとより、そういった企業は声高に訴えれば政府が守ってくれるとわかっているので、生産性向上という「余計」な仕事をするインセンティブはないということです。

 さらに「財政」の議論にも氏は触れています。日本は人口が多く、人材評価も高い割にGDPが少なく、社会保障の負担が大変重くなっているとアトキンソン氏は指摘しています。

 そこで、消費税を増やしたり年金の支給を減らしたり、医療費の自己負担を増やして国の負担を減らす議論をしているわけですが、しかしこれらの方法は、夢のない、いかにも日本的な現実論にすぎないと氏は考えています。

 これらの政策は、ひとえに、将来の負担をまかなうために現状の日本経済が生み出している所得に何%のどういった税金をかけたら計算が合うかという形で議論されている。これはあたかも、税率以外の他の変数は変えることができないという前提が置かれている印象だということです。

 ここで氏は改めて、日本の財政の問題は支出の問題でもなければ、税率の問題でもないと告げています。

 日本の財政の根本的な問題は、課税所得があまりにも少ないことに尽きる。しかし(それなのに)日本の議論では、「所得は増やすことができる」という事実があまりにも軽視されているということです。

 つまるところ、現在の日本が直面しているあらゆる問題は「給料が少ない」ことに起因しているとアトキンソン氏はこの論考で指摘しています。

 デフレ、輸出小国にとどまっている問題、年金問題、医療費問題、消費税、少子化、国の借金、女性活躍問題、格差の問題、技術の普及が進まない問題、ワーキングプア、子どもの貧困、などなど。これらの問題の根源にあるのは、すべて日本人がもらっている給料が少なすぎることだということです。

 日本人労働者の生産性が、イギリス人などのヨーロッパの人々とそれほど大きく違うとは思えない。しかし、最低賃金はたったの7割に抑えられているのが現実だと氏は説明しています。

 人材評価が大手先進国トップの日本は、それを武器に、大手先進国トップクラスの賃金をもらい、再び経済を成長させる実力を持っている。この挑戦にトライするしか日本に道は残されていないと、アトキンソン氏はこの論考を結論付けています。

 さらに言えば、そのためにも現在の日本の中小企業(零細企業)をそのまま放置せず集約させること。市場からの企業の退出を恐れず生産性を上げられるような規模への構造変化を促すことができれば、自ずから日本経済にも「勝算」が生まれると説くこの論考におけるアトキンソン氏の主張を、私も改めて重く受け止めたところです。



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